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東京高等裁判所 昭和52年(行コ)46号 判決

控訴人 金秀洪

被控訴人 法務大臣 ほか一名

代理人 布村重成 遠藤洋一 ほか三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人法務大臣が昭和五〇年三月一八日付で控訴人に対してした控訴人の出入国管理令第四九条第一項の規定に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決を取消す。被控訴人東京入国管理事務所主任審査官が昭和五〇年三月二五日付で控訴人に対してした退去強制令書発布処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人ら指定代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張及び証拠関係は次に附加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決五枚目表九行目終りの次に行を代えて次のとおり附加する。

「4 出入国管理令五〇条による法務大臣の特別在留許可が自由裁量であるとしても、不法入国者のうち特別在留許可されたものは、相当多数にのぼつていることは資料(法務省出入国管理局編昭和五一年三月付「出入国管理―その現況と課題」)により明らかであり(不法入国者検挙数は昭和四八年九四〇名、昭和四九年一、一九六名であり、そのうち韓国人、朝鮮人で特別在留許可を与えられた者は昭和四八年六六四名、昭和四九年七〇五名に達する。)、その許可事例の集積による判断基準もある筈であるから、本件処分にあたつてもこの基準を明示しこれに合致しない旨の理由を付すべきところ、何らその理由の明示がないから、本件処分はこの点においてもまた裁量権の濫用にあたり違法として取消を免れない。」

二  原判決九枚目表末行目終りの次に次のとおり行を代えて附加する。

「4 法務大臣は、特別在留許可にあたつては、当該外国人の経歴、家族関係等の個人的事情のほか国際関係、内政、外交政策上の一般的事情等を考慮しているが、その要素は複雑かつ有機的にからみあつている事柄で、単に不法入国の時期の新旧あるいは家族が在日しているか否かなどの事情だけで許否を決することはできないから、右許否についての固定的一般的な基準は存在しない。したがつて、被控訴人法務大臣が特別在留許可を与えず異議申出を棄却した処分は何らの裁量権の濫用もなく適法である。なお、昭和五〇年における特別在留許可を受けたもの八四三名のうち不法入国者は四三七名である。」

<証拠略>

理由

一  当裁判所の判断もまた結論において原審と同一であり、その理由は次に附加訂正するほか原判決理由記載のとおりであるからこれをここに引用する。但し、「原告」とあるのを「控訴人」と、「被告」とあるのを「被控訴人」と読み替えるものとする。

二  原判決一四枚目裏九行目「証人金秉植」とあるのを「原審における証人金秉植」と訂正し、同一五枚目表三行目「ではない」の次に次のとおり附加する。

「。もつとも、<証拠略>を総合すると、控訴人の実父金秉植は控訴人が大村収容所に収容され、控訴人の異母弟秀司が大学受験に失敗し前途を悲観して自殺したことが直接の原因で軽度の精神分裂病となり月二度程通院治療中であることが認められるけれども、金秉植の症状が韓国への訪問旅行に耐えられないものとはみられない」

<証拠略>とあるを<証拠略>と訂正し、同一六枚目裏八行目「いたにすぎず、」の次に「昭和四三年四月不法入国後本件処分時まで約七年でその」を、同一七枚目表五行目「前示事実関係に照らせば」の次に「控訴人は未だ三七歳の健康な働き盛りで韓国において現在と同種の道路塗装業に就く機会もないとはいえず、それに就けないとしても、これと同程度の収入のある他の職業に転業することもその能力からみて困難とはいえず、」を各附加し、<証拠略>を<証拠略>と訂正附加し、同一八枚目表九行目「可能であること、」とある部分を「可能であつたこと、但し、その後益子ヒナは高血圧にかかり労務作業が困難となつたので、一時働き失業保険給付条件を充たせば働くのを止めその給付を受けるという繰返しをして生活していること、」と附加訂正し、同一八枚目裏八行目冒頭に「が入国後僅か三年間にすぎないこと」を附加し、<証拠略>を<証拠略>と訂正し、同裏七行目「同人」から同裏末行目終りまでの部分を「金秉植及び内妻益子ヒナの生活は必ずしも容易ではないとしてもどうにか生活を維持しており、控訴人が強制送還されてもそれによつてその生活が破綻にいたるものということはできない。」と訂正する。

三  原判決二〇枚目表一行目終りに行を代えて次のとおり附加し、同二行目の「(四)」を「(五)」と訂正する。

「(四) 控訴人は、被控訴人法務大臣が控訴人の特別在留許可を認めずその異議申出を棄却するにあたり何らの判断基準及びその存否の理由を示さなかつたことは裁量権の濫用にあたり取消を免れないと主張する。

しかし、出入国管理令五〇条に基づき在留の特別許可を与えるかどうかは法務大臣の自由裁量に属し(最高裁昭和三四年一一月一〇日判決民集一三巻一二号一四九三頁参照)、その性質は恩恵的なものであるから、法務大臣が従前の多くの許可事例などからその裁量権を行使する準則のような判断基準をもうけることがあるとしても(もつとも、本件では被控訴人法務大臣はそのことをも争つているが)、それは行政庁の内部の事務処理にあたり処分の妥当性を確保する基準として定められるのにすぎず、その基準に違背しても当不当の問題を生ずるのに止まり、特別在留許可に関する処分をするにつきその判断基準及び存否を処分理由として明示する必要はなく、その理由を明示しなかつたことをもつて、自由裁量権の濫用であるとすることはできない。不法入国者に対し在留の特別許可を与えた行政事例が相当数にのぼつていることは被控訴人法務大臣も自認しているところであり、これらの事例から一応の判断基準も抽出されようが、その判断基準についても、右の点は全く同様であるといわざるをえない。本件において、被控訴人法務大臣が特別在留許可の異議申出を棄却するにつき何らその理由を明示しなかつたことは弁論の全趣旨から認められるが、右説示のとおりであるから、このことのみをとらえて、その処分が裁量権の濫用で違法であるということはできない。したがつてこの点の控訴人の主張は失当である。」

四  以上のとおりであるから、控訴人の本訴各請求はすべて失当として棄却すべきところ、これと同趣旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安藤覺 高木積夫 清野寛甫)

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